Forest Studio

2024.1.2 : 日航機の乗員379人、18分で全員脱出




「もう大丈夫ですよ。安心してください」。燃えさかる機体を前にぼうぜんとしていた男性会社員(30)はパイロットの制服姿の男性にそう声をかけられた。日本航空(JAL)機(乗客367人・乗員12人)と海上保安庁の航空機が衝突し、海保機の5人が死亡した事故。衝突からJAL機の全員避難までの約18分、乗員のどのような判断によって乗客の命は守られたのか。JALが3日夜、明らかにした全乗員への聞き取り内容や乗客の残した映像などからたどった。
男性会社員は横浜市に住み、両親、妹と札幌市内でスキーや観光を楽しみながら年末年始を過ごした。だが、搭乗したJAL機が羽田に到着した2日午後5時47分に暗転する。
後輪がドスンと滑走路に当たったかと感じた直後、激しい衝撃に襲われた。「体が前に投げ出されそうになった。爆発音のような大きな音も聞こえた」
コックピットには、飛行経験1万2000時間超のベテラン機長(50)をはじめ男性3人のパイロットがいた。副操縦士は通常1人だが、研修のため2人体制。キャビンアテンダント(CA)は女性チーフ(56)を中心に9人だった。



 「接地後に突然の衝撃があった」と、機長らが認識していたコックピット。だが、機体の出火をすぐに察知したわけではなかった。
男性会社員が前方の座席から窓の外を見ると、エンジンがオレンジ色の炎を上げて燃えていた。CAがコックピットに出火を報告し、乗客を脱出させる許可を求めた。機長は直ちに許可するとともに副操縦士とチェックリストを復唱しながらエンジンを切るなどの必要な作業を進めた。
 「早く出してください」「開けてください」「神様」。煙が充満する客室では泣き叫ぶ声も聞こえた。乗客の中には幼児8人もいた。
 CAたちは肉声のほか拡声器も使いながら「落ち着いてください」などと大声で乗客に呼びかけた。機内アナウンスや乗員同士が通話連絡するシステムは機能していなかった。



チーフらは窓越しに外の状況を確認し、八つある非常口のうち炎が迫っていない左右前方と左後方の三つが安全だと判断。シューターを使って、乗客を脱出させる準備を進めた。
 消火活動が始まる中、乗客が次々と脱出していった。コックピットから客室に出た機長は前から順に1列ずつ最終列まで見て回った。取り残された乗客を非常口に誘導し、最後に左後方のシューターを滑り降りた。これが最後の脱出者で、時刻は午後6時5分だった。
 「機体から降りて10分、15分くらいしてから火が噴き上がった」。乗客の一人はそう振り返る。機体は激しく燃え、消し止められるまで約8時間半かかった。
男性会社員は左前方のシューターから脱出した。家族4人が再び合流し、機体の方向を見つめた。近くで制服姿の男性が乗客たちを気遣っていた。男性会社員が「何があったんですか」と尋ねると、こう答えたという。「私が今申し上げられることは、着陸する寸前まで(海保の)機体は見えていませんでした。着陸した段階で突然、機体が目に入ってきたんです」



訓練の成果

海外メディアが「奇跡」と称賛した脱出劇。JALの堤正行(ただゆき)常務執行役員は3日夜、記者団に「日々の訓練を通し備えてきた成果が出た。パニックにならないようCAが乗客に呼びかけ、混乱が起きないようにしながら、開けるべき非常口を判断したのが大きかった」と話した。青木紀将(のりゆき)総務本部長は「緊急脱出の際は手荷物を持たないでとお願いしている。それが乗客の協力もあってでき、迅速な脱出につながった」と強調した。
 全日空の元機長で航空評論家の樋口文男さんは「火が回るまで時間があったこと、3カ所の非常口のみ選ぶなどしたCAの判断が的確だったことが大きかった。乗員の訓練と判断、乗客の協力のたまものだ」と評価。その上で、主翼がより激しく損傷していたら火が早く回って18分でも間に合わなかった可能性があるとし、「乗員のほか乗客からも詳しく話を聞いて丁寧に検証し、これからの安全に生かす視点が必要だ」と指摘した。

トップ