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2016.10.1 : 豊洲新市場 汚染・盛り土問題




東京都の豊洲市場(江東区)の盛り土問題で30日、都の検証結果が発表された。この機会に、築地市場(中央区)から豊洲市場への移転や盛り土問題の経緯を振り返った。
「日本の台所」として知られる東京都の築地市場は、都内に11ある中央卸売市場の中で最も古い歴史を持つ。1923(大正12)年9月1日の関東大震災で焼失した日本橋の魚市場や京橋の青物市場などの復興のため、35(昭和10)年に開場した。
水産物は約480種類、青果物は約270種類を取り扱い、水産物の取扱量は世界最大級を誇る。ただ、開場から80年以上が経過し老朽化が激しい。
都は80年代に移転先を探したが代替地が見つからず、88年に現在地で建て替えることを決定した。91年に工事に着手したが、「工事をしながらの営業は業務に支障がある」といった市場関係者からの反発や工期の長期化などが懸念され、一時中断した。99年に都と業界団体でつくる「築地市場再整備推進協議会」で検討した結果、建て替えを断念して新たな場所へ移転することが決まった。
移転先の候補地として挙がったのが、築地市場から約2キロ離れた江東区の豊洲地区だった。築地市場の約1・7倍となる約40万7000平方メートルの敷地は、東京ガスの工場跡地。都は2001年、「東京ガスは築地市場の豊洲移転に協力する」とした基本合意を同社と締結し、当時の石原慎太郎知事が豊洲地区への移転を発表した。
しかし、予定地はガスを製造していたことから土壌や地下水が有害物質で汚染されており、07年に東京ガスが汚染対策を完了していたが08年5月には都の調査で環境基準の4万3000倍のベンゼンなどが検出された。
このため、土壌汚染対策を検討するために設置された外部有識者の「専門家会議」は08年7月、土壌汚染対策として「4・5メートルの盛り土」を提言。その後、対策工事の工法を検討する「技術会議」が開かれ、14年11月に土壌汚染対策工事の完了が報告された。これを受け、都は15年7月、16年11月7日の豊洲市場移転を発表したが、小池百合子知事が8月31日に移転延期を発表した。

共産都議団が究明

豊洲市場の主要建物下に盛り土がされていなかったことを突き止めたのは、共産党都議団だった。共産は都への問い合わせで得た豊洲市場の設計図や、土壌汚染対策を検討して盛り土を提言した外部有識者の「専門家会議」、盛り土の工法を議論した専門家の「技術会議」の議事録などを分析する中で、専門家から「主要建物下に提言にある4・5メートルの盛り土がされていない」との指摘を受けた。 共産が事実関係を都側に確認したことが小池百合子知事サイドに伝わり、知事が先んじて記者会見する形で明らかになった。 都は青果棟、水産仲卸売場棟、水産卸売場棟、加工パッケージ棟、管理施設棟の建物下に盛り土がないことを認め、配管や電気設備敷設のための空間だったと説明した。ところが実際は、土壌汚染が再発した際に重機を入れる構想があったことや、モニタリング用の空間に利用するためだったことが関係者への取材などで判明した。 豊洲市場の土壌汚染対策は、盛り土によって地下水に含まれるベンゼンなどの有害物質が地上に出るのを抑えることが前提になっており、安全性が懸念される状況になった。また青果棟、水産仲卸売場棟、水産卸売場棟、加工パッケージ棟の下に水がたまっていることが確認された。


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